トニー・アール『ムー文明の発掘』は「パロディー小説」だったのか!?
藤野です。
ずいぶんと間が空いてしまいましたが、ブログ第3弾です。
トニー・アール(小泉源太郎訳)『ムー文明の発掘』(大陸書房、1973年) という本があります。帯には、「沈没大陸ムーへの現代の挑戦!! ムー大陸への仮説に熱情のすべてを傾けたチャーチワードの足跡を追って、新鋭の考古学者がムー文明(ムーロア文明)の解明に挑む!」と煽りの文句が記されていました。
原書はTony Earll“Mu Revealed,1970”です(直訳だと「ムー解明」となるでしょうか。後述のボーダーランド文庫版カバーではなぜか、著者名を「Tonny」と誤綴りされています)。
おおざっぱにいうと――著名な考古学者リースドン・ハードロップ教授が、メキシコで遺跡の発掘をおこなっていた。そこは、かつて、アメリカの鉱物学者ウィリアム・ニーヴン(William Niven 1850~1937)が謎の石版を発掘した遺跡であった。ニーヴンの石版はジェームズ・チャーチワード『失われたムー大陸』のなかで、「ナーカル碑文」と並んで重要な資料となったものであるが、ハードロップ教授は「ムー大陸」の真相に迫るべく、「ナーカル碑文」を探そうとしたものの結局見つけることができなかった。次善の策として、教授はニーヴンの遺跡を発掘することで「ムー大陸」の信憑性を探ろうとしたのである。
そして1959年、神殿の床下の石棺から新たにパピルス文書『ムーロア古写本』が発見された。古文書は紀元前2万1050年に生きていた青年神官クランドという青年の手記であることが判明する。1964年まで5年を要した解読によって、ムー文明(正式には「ムーロア」)の実像が解明される――という内容です。
『ムー文明の発掘』の語る通りなら、「ムー大陸」実在説の有力な傍証となるはずだし、古文書の発見自体大変なニュースでしょう。
白井祥平『呪いの遺跡ナン・マタール』(いんなあとりっぷ社、1971年)には紹介されていますが、本書を「ムー大陸」実在の有力な根拠に据えた著作には出会わないようです。古文書の発見の報道に接したこともありませんし、学研の『ムー』誌でも採り上げられることもないようです。なぜでしょう。
どうやら本書には問題があるようなのです。大陸書房版は1997年10月には『衝撃のムー文明』と改題のうえ文庫化されています(角川春樹事務所刊)。このボーダーランド文庫本の袖には「本書で研究者たちを震撼させて以降、その消息は不明。経歴などはいまだに謎のままである」とあります。
なんの「研究者たち」をどう「震撼」させたのかは定かではないし、解説の並木伸一郎氏も種明かしになるため避けられたのかもしれませんが、じつは著者の正体は分かっているのです。
「夜帆。@楽利多マスター」さんによるAmazonのリストマニア「@【 失われたムー大陸 】 の真相がわかった!―検索では見つけにくいものも集めてみました」に示唆されていました。
本書はイギリス出身の魔女術実践家・作家のレイモンド・バックランド(Raymond Buckland 1934~)の公式ホームページの「Bibliography」にも著作として、「MU REVEALED (pseudonym Tony Earll) Warner Paperback Library, NY 1970, 1972 – 50,756 copies in print」と載せられており、バックランドの作品であることは確かなのです。
書誌では、Tony Earllはpseudonym=偽名とされています。 Wikipedia「Raymond Buckland」項によると、本書はチャーチワードに対するパロディー小説で、筆名Tony Earlは‘not really’(真実ではない)のアナグラムだとされています。
Webサイト「Bad Archaeology」に掲載のキース・フィッツパトリック=マシューズ「The resurrection of Mu?」(「ムーの復活」2008年7月2日)によると、1976年までにはバックランドのいたずらであることがあきらになったと書いてあります。やはり、著者名Tony Earllは、‘Not Really’のアナグラムだと記したうえで、「チャーチワードのファンタジーをバックアップする証拠ではない」と断定されています。
たしかにパロディー小説では史実の傍証にならないのはあたりまえでしょうが、こうしたことをわざわざ書かなければならないということは、欧米にも証拠だと思っている人が少なからずいるということなのでしょう。
こうしたことはオカルト業界ではすでに知られている話なのかも知れませんが、今回、ASIOS『謎解き 古代文明』(彩図社、2011年)で「ムー大陸」の原稿を書くために、調べ直していて遅まきながら分かった次第です(もちろん傍証には使いませんでした)。版元は版権を交渉するわけだから、担当者が知らないはずはないと思うのですが、あるいは確信犯的に出されていたのでしょうか?
本書にはどこにも小説をにおわせる記載がないし、それどころかボーダーランド文庫版では、並木氏はチャーチワードに対する2つの疑問のうち、「粘土板を正確に解読したかどうか」の疑問に答え、「現実のものとして実証した」ものが本書であると評価されています(「解説 ムー文明は沖縄にあった!?」)。
わたしも大陸書房版・ボーダーランド文庫版もノンフィクションだと思って、買っていたのですが……。いまとなっては、「パロディー小説」ではなく、チャーチワードへの「オマージュ小説」だったと思いたいところです。
なお、バックランドには翻訳(楠瀬啓訳)『サクソンの魔女――樹の書 魔女たちの世紀3』(国書刊行会、1995年)も出ています(これを読むとバックランドは普通の作家ではありません。男性ですが、アメリカでガードナー派の魔女術を布教し、シークス・ウイッカと呼ばれる流派〈サクソン流魔女術〉を開いたことで知られる人物のようです。詳しくは本書の「訳者あとがき」を参照ください)。
『ムー文明の発掘』が小説だった、ということで思い出したのですが
大陸書房「世界のノンフィクションシリーズ」に
イギリスの作家、ジェラルド・カーシュの『オカルト物語』(1974)があります。
様々な奇談が収められていますが、この本は怪奇小説集。
現在カーシュは再評価され、その幾つかの新訳が角川文庫『壜の中の手記』に収録されているくらいです。
ただ「世界のノンフィクションシリーズ」の1冊として出版され、特に解説もありません。当時この本を買って読んだ方は、カーシュはノンフィクション作家で「このような怪奇な出来事が実際に報告されている」と勘違いしたでしょう。
「世界のノンフィクションシリーズ」の中にはいくつか「小説」が混じっていたことになるんですね。
>なかね 様
『ムー文明の発掘』以外にも、「世界のノンフィクションシリーズ」には「小説」が混じっていたんですね。初めて知りました。
そうすると、やはり版元担当者は、フィクションと分かっていて入れていたんでしょうねェ。
大陸書房は「オカルト本の金字塔」「クズ本のサルガッソー海」とも言われていますが、包括的な論考もないので、参考になりました。
貴重なコメント有難うございました。