『超心理学――封印された超常現象の科学』
本城です。
ASIOSにもご参加いただいている石川幹人さんの新刊『超心理学――封印された超常現象の科学』がこのたび出版されました。
タイトルどおり、超心理学をテーマにした本です。超心理学とは、いわゆる超能力を科学的に研究する学問のことで、本書はその不遇の歴史を紐解きながら、その実像に迫ります。
目次は以下のとおりです。
序章
予知かそれとも偶然か/超心理学協会/デューク大学とJ・B・ラインの研究/ライン研究センター/本書の構成
【第 I 部 超心理学の実態】
第1章 テレパシーの証拠をつかんだ
第2章 米軍の超能力スパイ作戦
第3章 超能力の実在をめぐる懐疑論争
【第 II 部 封印する社会とメディア】
第4章 奇術師たちのアリーナ
第5章 能力者と称する人々
第6章 マスメディアの光と影
【第 III 部 封印は破られるか】
第7章 心の法則をもとめて
第8章 予知――物理学への挑戦
第9章 意識に共鳴する機械
第10章 霊魂仮説について考える
終章
物理学者とのオカルト対談/オカルト論議は信念論争/封印構造の認知的側面/封印は解かれるか
あとがき
【付録】「用語集」「統計分析の基礎」「読書ガイド」「索引」
第 III 部あたりになってきますと内容もだんだん専門的になってきますが、第 II 部は比較的なじみのある話が展開されています。中でも第6章はテレビ番組の企画の話が紹介されており、一般の読者の方々にとっても興味深い話ではないでしょうか。
また第3章では懐疑論が扱われています。その中でも『ハインズ博士「超科学」をきる』で展開されている超心理学批判に対する批判は、ぜひとも読んでおきたいところです。
なお本書では超心理学を扱っているため、その研究において必須となる統計学の基礎が付録で解説されています。これを最初に読んでおくとだいぶ理解の助けになると思います。
とはいえそれでも私の場合は統計学に疎いため、本書で紹介される実験結果については残念ながら独自に判断できるまでには至りませんでした。しかし、今後はさらに勉強を重ね判断できるようにしていくつもりです。
最後に、本書は挑戦的なことも書かれていますので、反発を覚える方もいるかもしれません。一方で、内容を拡大解釈して自説の補強に勤しむ方も出てくるかもしれません。それでも本書は多くの方々に読んでいただくことに意義があると思います。
学生さんや他の科学者の方々にも本書を読んでいただき、超心理学に対する理解の広がりと今後の研究の発展を願っています。ぜひ皆さんお読みください。
9月7日のイベント、ものすごく面白そうですね! エフエム萩 三浦
ありがとうございます。内容もけっこう盛りだくさんで、出演者の方々も慣れているので、楽しめるイベントにしたいと思っています。
今日届いたんで、ざっと読んでみました。
んで、文句ばかり言いたくはないけど、
ディーン・ラディンのデータがすぐ出てきちゃったりすると、
やはり文句を言わざるおえない。
わしゃ、彼の「水伝」に関する論文を2つ読んでるわけで、
彼の科学者としての資質について大きな疑念を抱いている。
(つづく)
43ページ図1.1でガンツフェルト実験の累積成功率が出てきてるけど、偶然で4分の1しか当たらないところ、成功率32%ってのは、いくらなんでも高すぎるでしょ。
2000年の時点でも懐疑論者からいろいろ批判があったんだから、こういう数字を見せるのは不用意だと思う。
1997年以降、成功率は変化してないようだけど、年ごとの総実験回数が書かれてないので、実験を毎年同じ数だけやってても変化してないのか、実験してないから変化してないのかもわからない。
(つづく)
1974年からの累積だそうだけど、いったい何を累積しているのやら。
初期のころは実験の不備などが指摘されていたこともあったわけだから、質の悪いデータは切り捨て、質のいいものだけを残すというスクリーングをやらなくちゃいけないでしょう。なんでもかんでも足せばいいってもんじゃない。
そもそもハイマンとホノートンの共同コミュニケが1986年なんだから、その前のデータには失敗した実験は除外されてる可能性がある。
だったら、厳密には1986年以降のデータの累積しか信用できない。
初期のデータを切り捨てたら、成功率はもっと低くなるのではないか?
まあ、わしは統計の専門家ではないので、詳しいことはわからないわけで、もしかすると、ラディンの方がちゃんとした統計をやってる可能性もあるわけだけど、
詳しい説明なしにこういうデータを見せられても、不信感が募るだけですね。
>ながぴいさん
先日伺った話では、ラディンが水伝に関わっていることについて、超心理学関係の方たちの中にも、苦々しく思っている方がいるそうです。
他の点については、私がここで論評できることはないので控えます。
いや、「ラディンが水伝に関わっていること」が問題なのではなくて、
常識的に考えて論文の内容がバカバカしいといえるレベルなのが問題でしょう。
私はラディンに科学者としての資質が欠けていると考えているわけ。
そんなラディンが超心理学の看板になっているのなら、
誰も超心理学を信用しないよ。
>ながぴいさん
おっしゃりたいことはよくわかっています。
超心理学関係の方は、ラディンに資質がないとは考えないので大きな違いはありますが、水伝の論文の内容に対しては石川さんも本書の脚注で否定的にコメントされています。
私が話を伺った方は別の超心理学関係の方で、その方もながぴいさんと同様に論文の内容自体に問題があってダメだとされていました。(ただ、やはり資質がないとまでは考えないので、上述の批判を受けてしまうわけですが)
困ったもんですね。
そういうことが科学者の怒りに油を注いでいるんだと思いますよ。
おかしな言説を排除できないのであれば、
超心理学のやっていることの一部に理解を示している者でも、
なかなか同じ席につくのは難しいでしょう。
このことがあったので、「量子の宇宙でからみあう心たち」のアマゾンレビューをちょっと書き直しました。
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4198623791/ref=cm_cr_dp_hist_one?ie=UTF8&filterBy=addOneStar&showViewpoints=0
また、図1.1ですが、原著の「Entangled Minds」を見てみると、どうもこの図は、ラディンがこの本のために制作したものであり、査読のある学術誌で発表されたものではないようです。
ラディンの本に載ってる図は、一度全部査読誌に発表されてるかどうか確認しておいたほうがいいな。
>ながぴいさん
原著は読んでないので、今度取り寄せてみたいと思います。
私が気になったのはどの実験も「対象実験」の話が出てこないこと。(まあ、どうやったら対象実験になるのか難しいですが)
ガンツフェルト実験で比べるのは確率上の値ではなく対象実験(超能力の影響が入らない条件下)の値かと。
対象実験の正解率25%なら超能力あるのかもだけど、33%でしたとかになったら超能力なさそうになるし。
統計が正しくても実験が正しくないと意味ないわけで・・・(今のままだと実験の不備さの証明のような気が)。
大体、ガンツフェルト実験で使うのはなぜ写真(イラスト)とか映像?
当たり外れが明確なESPカードの方が判断しやすいような気がするのだが。
頭にカーネルサンダースがうかんでも他に近い物がないからサンタクロースを選ぶと正解なのかとか。何か間違っているものが正解に倒れているような気がしてならない。(どれも違うと言う選択はない?)
いっそ受け取り側は100択とかした方が正しいような・・・。
「量子の宇宙でからみあう心たち」を見ると、ラディンは、1986年の共同コミュニケの取り決めを尊重していないように読めますね。
ラディンは、実験の厳密化による成功率の低下を否定しているし、お蔵入り効果の存在も否定している。そんなのは有り得ない主張だと思うけど、これら2つを根拠に共同コミュニケを無視して、1974年からの累積成功率を計算することを正当化しているように読めます。
石川先生も共同コミュニケの内容を詳しく書いてないのでは?実験のガイドラインとして、「有意な結果だけではなく、すべての実験結果について報告する」という取り決めについて書かれてありますか?
共同コミュニケ以降のガンツフェルト実験の統計では有意性が消えると、ワイズマンらが1999年の論文で報告していますね?
これに対し、ベムらが2001年の論文で、データを取捨選択すれば有意性は消えない、と反論しています。
つまり、この2つの論文の議論を見ただけでも、ラディンの主張に信憑性はないことが示唆されます。
議論はその後、ベムらのデータ取捨選択の正当性にシフトしていきますが、石川先生の著書にはそのことは書かれておらず、なんか尻切れトンボになっているように思えます。
ラディンのいい加減な図よりも、ベム、パーマー&ブロートンの2001年の論文の方が、よっぽど重要だと思うのだけど、それをわずか数行の記述で終わらせている石川先生の意図がちょっと理解できません。
石川先生によると、2001年のベムらの論文では、
『実験手順に新しい変更を加えたガンツフェルト実験にのみ、優位でない傾向があることを見出した』
そうですね?
これは正当な主張だと思いますか?
私は思いません。
なぜ古い方式のガンツフェルト実験のみ有意性が出るのか、合理的な説明がありません。
批判派から見ると、これは「後付けの理由」によるデータの取捨選択です。
つまり、実験後に結果を見て、都合の悪いデータのみ切り捨てているとみなされるのですよ。
ひいき目に見ても、この結果は、ガンツフェルト実験は応用がまったく効かないものであり、その効果は非常に限定されているといいうことを示唆します。
新しい方式と古い方式を線引きするクライテリアについて、石川先生に聞いてみたことはありますか?
ESPERに、付いて、テレパシー在り方に、一般人類人ごとを、直ぐに、精神科医が、病気扱いしたがります。警察精神鑑定、八幡厚生病院、診断は、ESPERを、史実証拠が、有り長年病気扱い押し付け対応悪判断奇跡的に、起き始めてます。音の、波動、人の脳波の、波動、読み取る事可能です。人が、舐めた対応するのは、池田博絶対に心中プライバシー荒らさない事守る人です。社会的権限与え無いと、ESPERは、生活出来ないです。日本お終い願い無視政治家特にならない考え有ります人殺し、ESPERは、政治家頭の固さ殺す手段です。環境が、人格全て違います。ご相談したいと思いご理解ください。!
まとめると、私には、
ラディンは、
実験の厳密化による成功率の低下を無視し、
お蔵入り効果を無視し、
共同コミュニケを無視し、
ベムらの2001年の論文を根拠に、都合の悪いデータを切り捨て、
累積成功率の図を制作したようにみえます。
実際のところ、どうなんですか?
というわけで、Skeptic’s Wikiのほうにこの本の書評を書きました。かなり辛口批判になっているので、またあちこちから反発がありそうですが、まあ、仕方ない。なにかお気づきの点があればお知らせください。
http://skepticswiki-jp.org/wiki.cgi?page=%BD%F1%C9%BE%A1%A7%A1%D6%C4%B6%BF%B4%CD%FD%B3%D8%A1%A1%C9%F5%B0%F5%A4%B5%A4%EC%A4%BF%C4%B6%BE%EF%B8%BD%BE%DD%A4%CE%B2%CA%B3%D8%A1%D7
お久しぶりです。えっとskepticwiki読みましたが、ながぴいさん、本書をもう一度熟読された方が良いです。
というのも本書でたびたび指摘されている「否定派」のバイアスが、まさに指摘されているそのままの状態で発揮されているからです。
とりわけ
「超心理学界はいまだに「ホンモノの超能力者はきっとどこかにいるはずだ」という儚い夢を捨て切れておらず、現実を直視できない曖昧な態度が本流科学をイライラさせる原因の1つとなっている。 」
という文言など、本書で死ぬほど否定されているにもかかわらず、なぜ書いてしまうのでしょうか。
当該書籍で指摘されているように、超心理学は超能力を前提になどしていないですし、そんな主張もしていません。
にもかかわらず、ながぴいさんの偏見が、文章のちょっとした箇所に注目して、無いものを見出しているのです。
(納得できなければ時間のあるときに説明することも可能ですが、フェアかつ偏見と予断を捨てて熟読すれば、いかに理不尽な記事を書いているか理解できるはずです。流し読みとつまみ読みしかしていないでしょう?)
あと、レヴィ事件とソール事件は、懐疑派の超心理学批判ではよく引用されてきたので、これを知らないなら、そもそもこの問題についての記事など書くべきではありません。これも大多数の懐疑論者が同意するでしょう。
というか、何故こういうことを誰も指摘しないのでしょう。バグダッド電池といい、このまま誰も指摘してくれないままSkepticWikiの更新が続けば、いつのまにか非合理な否定論の代表になってしまうことを、私は強く危惧します。いい記事もたくさんあるので、尚更です。
だから、まず本城さんなり懐疑派が自浄作用を発揮して指摘しなくてはならないと思いますよ。誰かが指摘しないといけないのです。
私が思うには、深くやる気がないなら、むしろ超心理学には触れない方がマシ、というのが率直な感想です。これは皆神さんも同意見でしょう。
ついでに、他の箇所も。
ラディンの項目に、パークからの引用がまだ残っていますが、ラングミュアの回想を未だに引用しているのは調査不足が過ぎます。
ラングミュアの回想に相当する時代から、長い年月をかけて、ラインが『ESP60』を出版するまでに、実験の改善や統計学研究所のフィッシャーの声明まで、研究が改善されていく歴史があります。
しかも、ラディンの本にも、それを指摘する文言があったのに、気がつかなかったのでしょうか。この件に関しては、パークを筆頭に、非常にアンフェアです。これは、ラインの研究を調べもせずに、古い伝聞をそのまま引用しているパークを始め、恥ずべきことです。
ナカイさんの翻訳した本やライン本人の著作を客観的に読めば、懐疑派の本で読んだラインのイメージが、いかに不誠実か気がつくはずなのです。
以前も申し上げたように、懐疑主義業界による超心理学批判の歴史は黒歴史なのですよ。
もう一つ「PEAR」の項目や「生まれ変わり」でカール・セーガンをこき下ろしていた箇所はやや改訂があったようですが、あの三つは
1.ジャンに限らず陸軍がやっていた研究やら乱数生成装置絡みの実験全般でしょうから半分は正解でしょうか。
2.は正解で、ガンツフェルトですね。
3.はセーガンが想定しているのはイアン・スティーブンソンの事例研究です。
にもかかわらず「生まれ変わり」の項目では、ミャンマーの事例がポツンと紹介されているのは流石に酷いです。
参考文献にポール・エドワーズの『輪廻体験』があるのですから、スティーブソンの研究を知っていて然るべきです。
※その上でも私は、ポール・エドワーズ同様に生まれ変わりにはかなり否定的ですが、それと、当該記事のことは、まったくの別問題です。
ながぴいさんは、自分でも「たいして興味ない」という自覚があると思うんですよ。
だから、少なくともSkepticを冠するなら、もう少し勉強するか、あまり興味がないなら触れるべきではないと思います。(この界隈は相当な暇と根気が必要だからです)
なお、私は超心理学に関する説を支持する者ではありませんが、非合理な否定論、嘲笑に見合わない水準のこき下ろしぶりを批判します。
>ワカシムさん
私はSkepticwikiをブックマークしていますが、全部読んでいる時間はなかったので、後回しになっています。
その上で、今もまとまった時間は取れないので、まずはリンク先のレビューにあるご指摘の箇所を読みましたが、
ここから先は、ながぴいさん宛です。
レヴィ事件とソール事件を「そんな事件誰も知らない」と書くのはさすがにだめです。
ざっと思いつくだけでも、『人間この信じやすきもの』、『トンデモ超能力入門』、『新・トンデモ超常現象56の真相』、『超能力番組を10倍楽しむ本』、『超心理学史』(ジョン・ベロフ)、『サイの戦場』といった基本文献で触れられています。
誰も知らないどころか、批判事例としては鉄板じゃないでしょうか。
ですから、「誰も知らないような事件を2件だけ取り上げるのは、超心理学の問題を矮小化しようとしているようにも見える」なんてことはないはずです。むしろこの2件を取り上げない方が不自然です。
前々からなんとなく思ってはいましたが、『なぜ疑似科学を信じるのか』を読んで確信しました。
超能力信仰者と懐疑論者の境は、「下降効果」や「サイミッシング」などのアドホックな仮説を肯定するか、それとも否定するか、かと。
『なぜ疑似科学を信じるのか』でも超心理学に触れていますが、こっちの見解の方が正確なんだろうなぁ・・・。
>いっちゃんさん
私は、たとえば実験者効果は懐疑論者として受け入れがたいと考えていますが、半月ほど前、石川さんとこういった点についてお話した際には、同意されていました。石川さんは確信しているわけではなく、今後、研究が必要だという立場です。(本書でもワイズマンの協力実験について触れていますが、今後もっと多くの実験が必要だと)
>レヴィ事件とソール事件を「そんな事件誰も知らない」と書くのはさすがにだめです。
いいえ、そんな事件誰も知りません。
と学会の本なぞ読んでるのは一部のマニアだけです。
>お久しぶりです。えっとskepticwiki読みましたが、ながぴいさん、本書をもう一度熟読された方が良いです。
いやです。
御免被ります。
もう充分読みました。
はっきり言ってもうこの話題はうんざりです。
ラディンの本も読んだし、石川先生の本も読んだ。
その結論は「こんなんじゃダメだ」です。
この結論を変えるつもりはないです。
超心理学を批判したいのなら、超心理学のすべてを勉強しろ、というのは、
宇宙人の地球来訪を批判したいのなら、UFO目撃事例をすべて調査しろ、と言っているのと同じです。
ワカシムさん、自分の言っていることを自覚してますか?
ちなみに「バグダッド電池」は私の書いた項目ではありません。
文句を言うのは、書いた人に言ってください。
わたしは考古学は門外漢ので、そのまま放置してるだけです。
そもそもワカシムさんもSkeptic’s Wikiにアクセス権限があるんだから、ご自身で書き換えたらいかがですか?
私の意見がそんに気に食わないのなら、
今すぐASIOSを完全追放すればいいし、
Skeptic’s Wikiの編集権を剥奪すればいいだけの話です。
そうされても私は一切文句は言いません。
>ながぴいさん
>そんな事件誰も知りません
ここでいう「誰も」というのは、超心理学のことをよく知らない一般の人たちということなのでしょうか?もし、そういう意味ならその通りだと思います。
しかし、『超心理学』では「懐疑論者がよく引き合いに出す二件の詐欺行為の例を挙げる」(P.101)としています。これは上でも示したように実際に懐疑論者(だけでなく超心理学者も)が超心理学を取り上げる際はよく引き合いに出しているのですから、問題はないはずです。
もともと当該の節では、「超心理学の実験では詐欺が行われているという指摘」(P.101)が前提にあり、超心理学をよく知らない一般の人は対象にしていません。詐欺が行われていると指摘できるくらいのことは知っていることが前提となっているわけです。
で、それを指摘できるなら、上であげた書籍の何冊かは読んでいておかしくないはずで、決してマニアとかの話ではないです。ながぴいさんだって、レヴィ事件は知ってましたよね?
それとSkeptic’s Wikiについては、Wikipediaのように誰が編集したかわかるようにして、編集者同士の議論も記録できるようにすればいいと思うんですよ。(今は「差分」のページで修正箇所だけ見られるみたいですが)
このコメント欄でWikiの話をしても、Wikiしか見ていない大多数の人は何もわからないわけで。
技術的にSkeptic’s Wikiで可能かどうか他の方にも相談してみます。
ちなみに今回はASIOSのメンバーだからとか、Skeptic’s Wikiに書いているからとかを抜きにして、ながぴいさんが個人的なブログなどで書いていたとしても、同じように指摘されたと思います。
そんなことよりも、
まずワカシム氏に、
バグダット電池について、
私が書いてもいないことについて、
難癖をつけたことに対する謝罪を求めます。
私の記憶によれば、
あの記事を書いたのはアンディさんだと思います。
ミクシイの日記に同じことを書いていて、
それに同じようにワカシム氏がイチャモンをつけていたかと思います。
だから、あの記事は私のではないということを、
ワカシム氏も知っているはずです。
私は、「世界で最も有名な超能力者」ユリ・ゲラーと対比して『レヴィ事件とソール事件を「そんな事件誰も知らない」』と言ってるだけです。
「そんな事件誰も知らない」と言う文句が気に入らないというのであれば、消すだけです。
今から消しますよ。それで御満足ですか?
あと、ワカシム氏には、
あれを勉強しろだとか、これを調べろだとか
命令口調で横柄な態度をとることをやめるように伝えておくように。
いったい彼は何様のつもりなんですか?
この際はっきり言わせてもらうが、
いくら調べても屑は屑だってことだ。
俺は石川氏の本の書評を書いたわけで、
ラインとか生まれ変わりとかは、別の話だ。
話をずらそうとするんじゃない。
石川氏が、
超心理学130年間の研究成果が『下降効果、ヒツジ・ヤギ効果、実験者効果、隠蔽効果など』だと考えてるなら、もうこれで終わってる。
これは「130年間超心理学は失敗をごまかすための言い訳を考えてきました」という告白だ。
ラインなんちゃらを調べるまでもない。
「超能力のせいで超能力の証拠が見つからない」というのは、超心理学には反証不可能性があると言っているにすぎない。
下降効果、ヒツジ・ヤギ効果、実験者効果、隠蔽効果などを駆使すれば、統計をいくらでも好きなように操作できる。これも「超心理学の統計は信用できない」ということの告白だ。
結論として、超心理学の論理体系は、カルト団体の信念体系と類似していると言わせてもらおう。
あと、なにかにつけ、カール・セーガンの言葉を金科玉条のごとく持ち出すのはやめろ。
セーガンの言うことが必ずしも正しいわけではないんだから。
はっきり言って、
俺は「生まれ変わり」について、
とくに「まじめに調べてみるだけの価値がある」とは思ってない。
人に調べろとか命令口調で言う前に、
「調べてみる価値がある」と思うヤツが自分で調べろ!
>ながぴいさん
落ち着いて下さい。命令口調はやめるようにと言いながら、ご自身が命令口調で横柄な態度を取られては説得力がありません。お気持ちはわかりますが、つられてヒートアップするのはどうか控えて下さい。
ワカシムさんは「あれを勉強しろだとか、これを調べろだとか命令口調で」は書かれていないですよね。調査不足だと指摘している箇所について、もう少し調べるか、あまり興味がない場合は触れるべきではないと書いているだけで。その点について問題があるとは思いません。
調査不足でないのであれば具体的に反論すればいいですし、調査不足かもしれない点があれば、さらに調べたあとに修正なりすればいいと思います。ただ、そもそも超心理学についてあまり興味がなかったり、関わることでうんざりされるようでしたら、批判を控えて触れないでおくのも選択肢だと思います。(批判をすれば、相応の批判は当然予想されます)
>バグダッドの電池
アンディさんが書かれたことは知っているはずなので、私はその前提で読みました。要するに、当該の箇所はながぴいさんのことを言っているのではなくて、(複数の執筆者がいることを前提とした)SkepticWiki全体について述べていることだと。
ただ、これは行間を読まずに普通に読むと、ながぴいさんが書いたと勘違いしているようにも読めるので、その点はもっとわかりやすく書かれるべきだったと思います。
>私は、「世界で最も有名な超能力者」ユリ・ゲラーと対比して『レヴィ事件とソール事件を「そんな事件誰も知らない」』と言ってるだけです。
ユリ・ゲラーと対比すれば確かにそうなのですが、前にも述べたとおり、前提が違うため、その対比はやはり適切ではないと思います。(超心理学の詐欺事件を論じる文脈で、懐疑論者はユリ・ゲラーよりレヴィ事件などをよく取り上げますから)
書き換えていただけるのでしたら、お手数ですがよろしくお願いします。
>書き換えていただけるのでしたら、お手数ですがよろしくお願いします。
もう書き換えてあります。
>ただ、そもそも超心理学についてあまり興味がなかったり、関わることでうんざりされるようでしたら、批判を控えて触れないでおくのも選択肢だと思います。(批判をすれば、相応の批判は当然予想されます)
私は石川氏の本の書評として「超心理学は病的科学だ」と結論しているわけで、
超心理学に興味がないんだろうとか、
うんざりしているなら触れなければいいのに、
といったような勝手な解釈をして論点をごまかすのはやめていただきたい。
>もう書き換えてあります。
ありがとうございました。
加えるに、「問題を矮小化しようとしているようにも見える」も前述の理由から矮小化はしていないと私は思いますが、その点は「そんな事件誰も知らない」よりは強い主張ではないため、とりあえず意見に違いがあることを表明するにとどめておきます。
>超心理学に興味がないんだろうとか、
>うんざりしているなら触れなければいいのに、
なぜそのような仮定(決めつけているわけではないです)を出したかといいますと、超心理学の歴史や主要な研究について書かれた文献を、あまり読まれていないように推察されたからです。(うんざりという点は、ながぴいさんがそのように書かれたことに基づいています)
たとえば超心理学に興味(好きとかではなく)があれば、ラインについてはひととおり調べようと思うのではないでしょうか。しかし、「ラインなんちゃらを調べるまでもない」という発言が出てきてしまうあたりからも、批判するための調査は最小限にとどめておきたいというお気持ちが見てとれます。
時間は限られていますので、無駄な調査はしたくないというのはわかります。けれども、基本を省いて各論をその都度批判していくというやり方からは、超心理学に対する興味をあまり見てとれません。それが上記の仮定につながってます。
ながぴいさんは911陰謀論に対して基本的な事柄をあまりおさえずに批判している人がいたら危ういと思いますよね? 私は超心理学も同じだと思います。筋金入りの論者もいますから、いつ足をすくわれるかわかりません。
ながぴいさんがSkeptic’s Wikiで書かれていることには参考になる情報もたくさんあります(全部読めているわけではないですが)。だからこそ、いくつか見られる荒削りな議論がもったいないとも思ってしまいます。(決して上から目線からとかではなく)
ちなみにラインについては、『超常現象を科学にした男』をすでに読まれているようですので、そこからラインが著者の翻訳本を数冊、超心理学の歴史についてはジョン・ベロフの『超心理学史』、E.L.メイヤーの『心の科学』あたりをお読みいただければ、とりあえず基本はおさえられるように思います。(すでに読まれていたらすみません)
>私は石川氏の本の書評として「超心理学は病的科学だ」と結論しているわけで、
これは「誤解5」などの記述が原因のひとつですよね。同意できる部分もあるのですが、今は時間がないので、あとで書きます。
今一番問題なのは、
明治大学教授が、「実験者効果」のような手垢のついた疑似科学的論法の典型例を肯定するような内容の本を出版した、ということです。
>私は、たとえば実験者効果は懐疑論者として受け入れがたいと考えていますが、半月ほど前、石川さんとこういった点についてお話した際には、同意されていました。石川さんは確信しているわけではなく、今後、研究が必要だという立場です。
結局、石川先生に問いただしたら、うまくはぐらかされたということでしょ?
口では「同意した」と言いつつ、自著では『実験者効果は、超心理学者がもっとも確実視する超心理学現象の特徴である』などと書いてある。
世間一般ではこれを「2枚舌」と呼ぶと思いますよ。
そんな人物が懐疑論者を名乗り、懐疑団体に所属している。しかもその団体の会長もこれを容認している。
こういう状況に私は大いなる疑問を感じずにはおえませんね。
>ながぴいさん
同意されているのは、懐疑論者が受け入れがたいと考えていることについてです。そのように考えるのは理解できるし、石川さんも実験者効果の話を当初聞いたときはそう思ったと。けれども超心理学的影響自体は否定しないし、本書に書いてあるようにあり得るとも考えられる一方で、まだ研究が不十分なので今後さらに実験が必要だということです。(実験が不十分だということは本書にもちゃんと書いてあります)
>超心理学130年間の研究成果が『下降効果、ヒツジ・ヤギ効果、実験者効果、隠蔽効果など』だと考えてるなら、もうこれで終わってる。
これは誤解5で書かれていることを指しているのだと思いますが、確かにここは誤解をとくどころか逆効果かもしれないと思いました。しかし、本書では超心理学の成果は他にも述べられていますよね。たとえば構成を説明するP.22では、成果の例としてガンツフェルト実験が挙げられていて、第1章で詳述されています。
むしろ全体の分量としてはそちらの方が多いくらいで、下降効果などを槍玉にあげて超心理学全体を否定するやり方は筋がいいとは思いません。菊池聡さんが新刊で述べられているようにクリアするべき問題点として提起しつつ、超心理学そのものは否定せずに議論するやり方の方がいいと私は思います。
それと書評の話をしていると書きつつ、超心理学そのものの話をしてしまっている点も気になります。ラインは別の話だとか、調べるまでもないとおっしゃいますが、『超心理学』ではラインにも触れられていますよね。しかも懐疑論者を名乗る否定論者を批判する際の具体例として出てくる話です。なので、ここを上記のように関係ないと書いてしまうのは理解に苦しみます。
ここは(私も含め)懐疑論者自らが、反省すべき点ではないでしょうか。超心理学側は自らレヴィ事件やソール事件にも触れているのに、懐疑論者側が誤った批判をスルーしていたら何の進歩もありません。
時間がないので、手短に。
まず第一に「実験者効果」について。
「懐疑論者は実験者効果を受け入れがたいと考えている」のであれば、
やはり、懐疑団体の会員に実験者効果に肯定的な者がいたり、実験者効果に肯定的な本に対して、ホームページからリンクが貼られていたりするのは、矛盾が生じていると思います。なんらかの説明をしておかないと誤解を招きかねないでしょう。
私と石川先生では意見の相違は明確なわけで、ブログでもなんでもいいから、この件についてなんらかの見解を表明し、会の中で確執があることを明確にしてください。そして、なぜ意見の違う者がASIOSに在籍しているのか説明して欲しいです。
同じ会にいるから、私も実験者効果に肯定的だと誤解されては、私としては非常に都合の悪いことになります。よって、こうした誤解の生じないよう、この件について、ASIOSとしての見解(会長個人の見解でもいいです)を公式に表明していただくことをお願いします。
ちなみにSkeptic’s Wikiの件の項目の中では、私と他のASIOSメンバーとのあいだに確執があることをすでに書き足してあります。別に隠すことでもないので。
ほかの点については、また後ほど。
>菊池聡さんが新刊で述べられているようにクリアするべき問題点として提起しつつ、超心理学そのものは否定せずに議論するやり方の方がいいと私は思います。
私も基本的に同じようなことを言ってるだけなんですけどね。
クリアすべき点というか、ハードルの高さをどう評価するかだけの違いだと思いますけど?
私は問題点がまだまだ多いと考えてるので、
「これじゃダメだ」と言っているだけです。
ま、以下のようにかなりきついことを書いてはいますけどね。とくに間違ったことを言ってるとは思ってません。
『実際の効果は非常に小さく数多くの測定が必要なのに、きわめて有意性が高いと主張し、批判されると「超能力の確実な証拠が見つからないのは超能力のせいだ」と反証不可能な言い逃れをし、しかもテレパシーも透視も予知もサイコキネシスも可能だと夢のような主張をする。よって、超心理学は病的科学の特徴を示している』
>まだ研究が不十分なので今後さらに実験が必要だということです。
ただ単に「さらに実験が必要だ」と言うだけなら、誰にでも言えます。
「どういう実験をあとどれだけやったら、ここまでわかる」ということをある程度具体的に言ってもらわないと評価のしようがありません。
また続きはのちほど。
>下降効果などを槍玉にあげて超心理学全体を否定するやり方は筋がいいとは思いません。
私が槍玉にあげているのは「下降効果」だけではありません。下降効果、ヒツジ・ヤギ効果、実験者効果、隠蔽効果などといった「独自ルール」すべてを槍玉にあげています。
何度も説明していますが、これらの独自ルールは「正しく統計を取っている」という主張と矛盾しています。なぜなら、独自ルールはイカサマに使えるからです。イカサマをしていないというのなら、なぜ独自ルールが存在するのでしょう?
私の批判はこういう単純明快なものなので、これに対して「勉強してない奴は黙ってろ」というのは的はずれな反駁だと思いますよ。
本当に統計的に有意な結果が出てるというのなら、独自ルールなんて必要ないはずです。なぜ独自ルールが存在するのか、説明責任があるのは石川先生のほうです。
独自ルールの存在下でどのようなメタ解析や統計を行なっているのか、なぜそれで問題がないと言えるのか、説明する責任があるのは超心理学側です。
>それと書評の話をしていると書きつつ、超心理学そのものの話をしてしまっている点も気になります。
超心理学についての本を読んだんだから、その時点で超心理学についてどう思うか、その考えを表明することに問題があるとは思えません。
物事には段階があります。
ラディンの本を読んだときにどう考えたか、
石川先生の本を読んだときはどうだったか、
表明する権利が私にはあります。
ラインの本を読んだときには、もちろんそのときの考えを表明させていただきます。
「完璧に勉強してないうちは批判してはだめだ」というルールは疑似科学もよく持ち出すので御用心を。
科学はもっと大雑把で、限られた実験結果からでも、しっかりとした理論ができていれば、実験してない事柄についてもいろいろ言うことができます。
超心理学は独自ルールのせいで理論がグダグダなので、このままでいろいろ実験をやってもあまり意味がないと思いますね。
独自ルールを完全に排除して、それでも統計的な有意性があるというのなら、それにはなんらかの意味があるのかもしれません。
>ながぴいさん
ASIOSにはレイキに肯定的で、ご本人はマスターとして情報発信をされていた志水さんがいました。しかし、ご本人はいつもその主張ばかりを扱っていたわけではなく、対話も可能で、他に研究者として認められる点が多くありました。石川さんも同じです。
ことさら問題視されている人が多いのなら別ですが、実際はそんなことはないので特に対応が必要だとは思いません。
リンクがはってあるのは『超心理学』だけでなく、他にも懐疑的な情報だけを扱っているわけではない本をいくつも紹介しています。参考になる情報が載っているのであれば紹介していくということは最初に説明しました。
>同じ会にいるから、私も実験者効果に肯定的だと誤解されては、私としては非常に都合の悪いことになります。
同じ会にいるというだけで、他のメンバーが関わった本の内容を全面的に肯定していると誤解する人がいれば、それはその人がおかしいだけです。
たとえば、ナカイさんは『超常現象を科学にした男』でライン流超心理学の本を翻訳されました。だからといって、あの本に書いてある内容をすべて肯定しているのかといえば、そんなことはありません。私もあの本を読んで大変参考になりましたし、良書だとは思いますが、だからといって全部の内容に頷けるわけでもありません。『超心理学』も同じです。
そもそも、ながぴいさんはこれだけ実験者効果をあちこちで批判されているのですから、それで誤解する人がいれば、相当軽率な人でしょう。そんな人には何を書いても無駄だと思います。
それとメンバー間の批判はこれまでにもありました。藤野さんが原田さんや羽仁さんの書かれたことを批判されたこともありましたし、今に始まったことではありません。懐疑的な団体であれば、たとえメンバー同士であっても批判はあって当然です。表でやられていることですから、わかっていることだと思います。
下降効果、ヒツジ・ヤギ効果、実験者効果、隠蔽効果など(長いので、「下降効果など」と書いたらこれらを含むと解釈してください)については、私とながぴいさんの間では、それほど大きな意見の違いはないように思います。さらに、菊池聡さんが述べられるようなやり方と基本的に同じだとおっしゃるのであれば、その点もわかりました。
ただし何度も書くことになりますが、『超心理学』では下降効果などだけを扱っているわけではないですし、ラインも懐疑論者に関わる箇所などで出てきます。ワカシムさんがラングミュアの回想の件で批判されているのも、『超心理学』の3章で扱われているからでもあり、書評と関係ない話ではありません。
そういった他の点については、スルーしていないことがわかるように、やはり修正なり、あとで検討するにしてもその旨について一言言及なりがあった方がいいように思います。そうでないと、懐疑論者は批判しやすいところだけ批判していると捉えられかねません。この場ではいずれ検討されるとのことがわかったのでいいのですが、Wikiの方はこのままだと懸念があります。
>ながぴいさん
Wikiのシステム導入の件で、コミュの方に書かせていただきました。サーバーの話などは非公開の場で進めた方がいいので、そちらでお願いします。
ASIOS内部で意見が異なっていてもいいというのなら、私も特に異論はありません。
たとえ未熟だろうと、自分の流儀でやっていきたいというのが私の考えですから。
ポカをやったら恥をかくのは私だけなので。
ダリル・ベムの予知実験の論文が掲載されたジャーナルに、「再現性なし」の論文を投稿したら、「再現実験は掲載しない」という理由で論文却下されたという記事。
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/apr/23/ben-goldacre-bad-science?CMP=twt_gu
どんだけカスなジャーナルなんだよ!と言わせてもらおう。
結局、批判に耐え切れず掲載されたらしいけど。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=correcting+the+past:+failure+to+replicate+psi
これはかなりのスキャンダルで、心理学界自体が出版バイアスの悪影響を真面目に考えてなかった可能性すらある。
この記事が書かれたのは2011年。
『超心理学――封印された超常現象の科学』が出版されたのは2012年。
専門家であるはずの石川先生はこの事実をしらなかったのでしょうか?
ふざけるんじゃないぞ。
ながぴいさん
※これから少し後に時間が空きそうなので、久しぶりに見に来ました。
さて、読んでいて気が付きましたが、どうやら大前提の認識に齟齬があるようで、合意を形成しましょう。また、私が批判していないことに反論しても意味がありませんし、しなくて良い議論をしています。
我々が最低合意すべき事項
合意①
実験超心理学の成果はほとんどない。
むしろ人間精神に由来する特異能力の不在を強烈に示唆してるように思え、それが最大の成果に思える。その理由は、実験科学として精度が高いのに、能力とするにはあまりにも微小で、何か科学的に重要な現象を検出しているとは「思えない」し、何かバイアスやそれに準ずる原因を疑いたくなってくる。
したがって、実験がどれほど厳密であろうが、有意な結果に対しては現在のところ超心理現象ではなく、懐疑的な理論がもっとも有力に思えてしまう。
超心理学に寛容な視点でも石川教授の『超心理学』第三章:懐疑論争のpp83-84にはビリーバーに困るという文脈で
「超心理学者は肯定論者だと誤解される向きがあるが~ESPの存在はデータにもとづいて「ありそうだ」という段階にあるが、ほかの三つはそうではない。それをいっしょくたに「げんに存在するもの」とされてしまうと、それは超心理学の意義を認めていないに等しい~」
として、PKやらなにやらの存在は証拠がないことを主張しているので、実際は私なんかと大差ないのも事実。強いて言えば私は「ESPはなさそうだ」と思っているが、科学的方法を尊重し、自分が間違えいる可能性も認めている。これはドーキンスやセーガンと同じ。※余談としてpp263-264のメイがPKなどを否定しているという話はまず84pに出ている。
合意②
超心理学はスプーン曲げやESPの実在を暗黙の前提にし、あらゆる実験がそれを主張することを目的とした学問「ではまったくない」ということ。
以前から3回は指摘しましたが、これに対する先入観がありませんか?これは合意できます?できません?
ハイマンやワイズマンもPAに所属する超心理学者でもあり、超心理学の専門家の一人として議論に参加していることをご理解ください。
合意③
超心理学の実験品質は社会心理学一般よりも精度がとても高く厳密にやっている。(だからといって有意な結果がpsiを証明するとは言えないけれど)
これについてはNRC報告の顛末で十分ですね。本書にも出てますし、前にもローゼンタールの件はじっくり説明したので。
また1975年からPAが全超心理学者に全論文・全データの提出を義務付けていますし、これだけでも結構珍しいですからね。これもたびたび本書に出てますな。
合意①~③に合意できる・できないだけで結構ですのでご返答ください。
もう一点、以前も申し上げましたが、「藁人形論法」は不毛なのでやめましょう。
これを改めて読んでみてください。
若島:
>もう一つ「PEAR」の項目でカール・セーガンをこき下ろしていた箇所はやや改訂があったようですが、あの三つは
>1.ジャンに限らず陸軍がやっていた研究やら乱数生成装置絡みの実験全般でしょうから半分は正解でしょうか。
>2.は正解で、ガンツフェルトですね。
>3.はセーガンが想定しているのはイアン・スティーブンソンの事例研究です。
>にもかかわらず「生まれ変わり」の項目では、ミャンマーの事例がポツンと紹介されているのは流石に酷いです。
>参考文献にポール・エドワーズの『輪廻体験』があるのですから、スティーブソンの研究を知っていて然るべきです。
>※その上でも私は、ポール・エドワーズ同様に生まれ変わりにはかなり否定的ですが、それと、当該記事のことは、まったくの別問題です
ながぴい
>あと、なにかにつけ、カール・セーガンの言葉を金科玉条のごとく持ち出すのはやめろ。
>セーガンの言うことが必ずしも正しいわけではないんだから。
>はっきり言って、
>俺は「生まれ変わり」について、
>とくに「まじめに調べてみるだけの価値がある」とは思ってない。
>人に調べろとか命令口調で言う前に、
>「調べてみる価値がある」と思うヤツが自分で調べろ!
この返答は感情が誤った主張を導いている例だと判断したのですが、おおむね妥当なレスポンスだと思うならばそうおっしゃってください。
もちろん「なにかにつけ、カール・セーガンの言葉を金科玉条のごとく持ち出す」
「人に調べろとか命令口調で言う前に」
という私の主張を引用してください(これは必須と考えてください)
なお、私の指摘は
「カール・セーガンの主張を誤読してこき下ろしている」
「しかも参考文献を参考にしていれば起きるはずのない誤読だから酷い」
「私もまた前世研究に価値があるとは思わないが、それとは関係ない」
この意味が判らないなら仕方ありません。
とりあえず、本城さんの返信をよく読むと↑の件以外は私が想定していることを汲んでいるので、「今は」追加しません。
ひとまず「書評:「超心理学 封印された超常現象の科学」は2013年3/31版を保存しました。私の投稿を経て改定した状態のものとします。これをもとに、本書を読んだとは思えないところ(がいろいろあるので)指摘した、htmlで作成します。気長にやるので出来たら連絡します。ながぴいさんも、それまでこの問題はわすれてください。
※脊髄反射レスではなく熟読されることを願って止みません。
ながぴいさんへ
別件ですが、心理学全体が出版バイアスに疎いというリスク、多少は想像できたと思うのですが。
PA(超心理学会)は1975年から全データの発表を義務づけている。NRC報告でガンツフェルト実験の精度が圧倒的に高いと結論されている。
つまり複数の心理学の実験対超心理学の実験一つを比較した超一流の心理学者ローゼンタール(メタ解析の発名した人ですよ)が評価した結果、普通の心理学の実験は、超心理学より大幅に低かったということを意味するのですから。
基本的に懐疑論者の監視がない社会科学が超心理学と同じ水準で実験をやってることなんてありえないわけです。※といっても、超能力があるとは思わないのですけど。
本城さんへ
※ながぴいさんはここは無視してください。
>下降効果、ヒツジ・ヤギ効果、実験者効果、隠蔽効果など(長いので、「下降効果など」と書いたらこれらを含むと解釈してください)については、私とながぴいさんの間では、それほど大きな意見の違いはないように思います。
とありますが『超心理学』では「特別ルール」的な批判についてそれが誤解だということが長々と書いてあるわけで、その誤解だという指摘に再反論をせずにCSICOP時代の悪癖を引用する「特別ルール」式の議論は妥当性を欠くと私は思います。これもそのうち文書化します。
さらに実験者効果は社会心理学で確立された概念です。『超心理学』では実験者効果を超心理学的効果と心理学的効果に分けて論じていて、さらに懐疑論者の誤解に答えているわけでして石川教授の評価を(不当に下げているかもしれない)主張には注意深くあって欲しいところです。(本当に「超能力者の特別ルール」級のバカなことを今更書いていると思います?)
>ワカシムさん
すみません。あのように書いたものの、『超心理学』で説明されていることに納得していないわけではなく、Wikiでの特別ルール的な批判に全部賛同しているわけでもありません。とはいえ諸効果について情報を追っていくと、すんなり受け入れることにややためらいをおぼえる部分もありまして……
たとえばヒツジ・ヤギ効果と下降効果。前者は標準仮説ではミッシングはヤギ群にしか起こらないことになっています。しかし、(ESPを絶対に信じる強い信念を持った)スーパー・ヒツジはミッシングを起こすという変則仮説もあり、いまいちすっきりしません。
下降効果では、お蔵入りを本当に排除できているのかという疑問が少し。排除できているとする管理実験では、試行回数が(25回なら25回と)あらかじめ決められているため、最初が悪くても途中で打ち切れないとされます。
ですが、そもそもルールを守らない実験者がいれば打ち切ることは不可能ではなく、本当にこれで防げているのかやや疑問を感じます。
理想をいえば、懐疑論者や第三者が実験に立ち会えって管理できればいいですが、それには予算が必要で、実際には難しいようです。
ただ、そもそも諸効果は、ガンツフェルトのように懐疑論者対策として検討されたものではないため、仕方ないのかもしれません。
>合意①
> 実験超心理学の成果はほとんどない。
合意します。
>合意②
>ハイマンやワイズマンもPAに所属する超心理学者でもあり、超心理学の専門家の一人として議論に参加していることをご理解ください。
ハイマンやワイズマンのやり方には賛同します。
ただし、ラディンのやり方にはまったく賛同できないし、
石川氏のやり方にも賛同しません。
>合意③
> 超心理学の実験品質は社会心理学一般よりも精度がとても高く厳密にやっている。
厳密にやっていると主張しているけど、
ラディンらの本を読む限り、信用はできない。
厳密にやっているという主張は、
おかしな言説をすべて排除してからですね。
それ以前ではお話にならない。
>『超心理学』では実験者効果を超心理学的効果と心理学的効果に分けて論じていて
だから、
その超心理学的効果と心理学的効果をどうやって、
厳密に区別しているのですか?
石川氏の本を読んでも、
厳密に区別できているようには
とても思えないんだけどね。
厳密に分けることができないのに、
統計検証の結果を反古にできるような主張は、
卑怯者のすることです。
ワイスマンも「‘Heads I Win, Tails You Lose’: How Parapsychologists Nullify Null Results」などで、同じような批判をしていますが、
ワイズマンはよくて、わたしはいけないのですか?
>この返答は感情が誤った主張を導いている例だと判断したのですが、
私も不完全な人間なので、
たびたびこのようなハラスメントを受けると、
感情的になることは避けられませんね。
アンディさんがいなくなっちゃったのも、
ワカシム氏が、がなりつけたからじゃないの?
>もちろん「なにかにつけ、カール・セーガンの言葉を金科玉条のごとく持ち出す」
セーガンの「まじめに調べてみるだけの価値があると思う超能力の主張が三つある」という評価をまた持ち出してますね。
私は以前にもこの評価をとくに妥当だとは思っていないと述べている。
>「人に調べろとか命令口調で言う前に」
『ながぴいさん、本書をもう一度熟読された方が良いです』とおっしゃってますけど?
わたしは充分読んでいると思っているのですよ。
なぜあなたに熟読しろなどと言われなくちゃいけないのでしょうか?
>PA(超心理学会)は1975年から全データの発表を義務づけている。
強制力のない「義務」にはそれなりの効果しかありません。
それだったら、
ワイズマンのいうように、
「事前登録制の実験」にして、お蔵入り効果をできるだけ排除するべきでしょう。
実際、医療分野では事前登録制の実験を奨励するようになってきていると聞いています。
>つまり複数の心理学の実験対超心理学の実験一つを比較した超一流の心理学者ローゼンタール(メタ解析の発名した人ですよ)が評価した結果、普通の心理学の実験は、超心理学より大幅に低かったということを意味するのですから。
つまり、
『自分のとこの田んぼだけ無農薬にしても、周りが農薬使ってたら意味がない』
ということですね。
一部がいくら厳密にしようとしても、
周りがいい加減なら、
その厳密さは限定される、ってことですね。
抜け道はいくらでもあるということで、
必ずしも厳密さを担保しません。
>>「人に調べろとか命令口調で言う前に」
『これは、ラインの研究を調べもせずに、古い伝聞をそのまま引用しているパークを始め、恥ずべきことです』
ともおっしゃってますね。
私はラディンや石川氏が最新の超心理学について述べているというから、わざわざ彼らの本を読んだのですよ?
それなのに、なぜ今さら、過去の人物であるラインの研究を調べないと、恥ずべきことになるのでしょうか?
あれもこれも調べなきゃ批判しちゃいけないというのは、疑似科学的主張ですね。
ラディンや石川氏よりもラインのほうがまともな研究をしているというのなら、
超心理学は進歩しているのではなくて後退しているのでしょう。
ながぴいさんには今は一点だけ。
>セーガンの「まじめに調べてみるだけの価値があると思う超能力の主張が三つある」という評価をまた持ち出してますね。
きちんと読んでください。
再掲
>なお、私の指摘は
> 「カール・セーガンの主張を誤読してこき下ろしている」
> 「しかも参考文献を参考にしていれば起きるはずのない誤読だから酷い」
> 「私もまた前世研究に価値があるとは思わないが、それとは関係ない」
という内容です。
現在のwikiの記述は、以前の「前世の研究など聞いたこともない」というバージョンでこき下ろしていた頃の記述よりは妥当になったと思います。が、一流の医学論文誌を巻き込んだ前世論争を意識していることは、(少なくともこの問題に評価を下そうとする程度に興味を持っている人間ならば)文脈から明らかなのに、なぜそれを書かずに「ミャンマーの話」一本なのか、それが理解ができないしアンフェアなままだと改めて指摘したのです。(強いて言うなら、少なくとも相手が疑似科学者であろうが権威者であろうが事実についてはフェアであろうとする懐疑論者としての私の価値観では、ということです)
ながぴいさんへ追加(私の最初の投稿に関するもの及び本題についてはskepticwikiに基づいて問題点を明瞭にしてhtmlで発表します。
合意事項①~③について確認させてください。※是非はともかく合意が形成されるか認識が違うのかを確認することが目的です。
合意①は了解事項ですね。
→おまけ:私も①に合意していることは忘れないでください。私が超心理現象の実在を肯定しているから批判している、ということではありません。
合意②
> 超心理学はスプーン曲げやESPの実在を暗黙の前提にし、あらゆる実験がそれを主張することを目的とした学問「ではまったくない」ということ。
合意②のうち、↑の部分についてはどうでしょうか。
A.”合意が得られた”ということでしょうか?
B.現状では納得できないので”そこまでは合意しない”ということでしょうか?
C.ワイズマンやハイマンなど懐疑的研究者を別にすると”それは建前に過ぎない”という立場でしょうか?
→例:Skepticwikiの
「超心理学界はいまだに「ホンモノの超能力者はきっとどこかにいるはずだ」という儚い夢を捨て切れておらず」「批判されると「超能力の確実な証拠が見つからないのは超能力のせいだ」と反証不可能な言い逃れをし、しかもテレパシーも透視も予知もサイコキネシスも可能だと夢のような主張」をする「カルト化」した集団というのが「『超心理学』を読んで判った超心理学会の実態」という認識でしょうか?
合意③については「(ラディン博士の立場と著作を基準にすると)厳密という主張は信用できないので合意は成立していない」ということで了解しました。
本城さんへ
>とはいえ諸効果について情報を追っていくと、すんなり受け入れることにややためらいをおぼえる部分もありまして
そうですね。私も『超心理学』で成果として主張されている現象が「超心理的現象と表現できる何か」であるとは思いません。
私は、それらの諸効果を超心理現象とする仮説については「不採用」という立場です。
あと、ひとつだけ気になる部分がったので、そこだけ書いておきます。
>下降効果では、お蔵入りを本当に排除できているのかという疑問が少し。排除できているとする管理実験では、試行回数が(25回なら25回と)あらかじめ決められているため、最初が悪くても途中で打ち切れないとされます。
>そもそもルールを守らない実験者がいれば打ち切ることは不可能ではなく、本当にこれで防げているのかやや疑問を感じます。
この部分、確認しておきます。
★強調しますが私は下降効果とされるデータが超心理現象を示すとは考えていません。そのうえで書いています。
また「お蔵入り効果が排除できているとする(下降効果の)管理実験」とは『超心理学』p271の*27『Parapsychology in the twenty-first century』収録のシュタインカンプ「Forced-choice experiments」ですね。
さて、そもそも、この論文で解析対象になっている実験群に対して、統計的に有意でなくなるほどのお蔵入り件数や「恣意的な実験の終了」が存在するかもしれないということを疑う特別な理由や必要性というのは、本当にあるのでしょうか?
ただ、お蔵入りが排除できているかどうか問うのは、漏斗分布(p106の図が一例)に使われている計算で「必要なお蔵入り件数」を求めてから始まる話です。その結果、必要な件数が少数だったら、解析対象の実験群についての疑義を検討する価値が生じると思いますが、膨大だったらそのような疑義を考慮するのは後回しにするべきですよね。それを踏まえているかどうかが『超心理学』p85の①になるかならないか条件だと考えます。
が、一番重要なのはそこではありません。
もし、信頼できる懐疑論者が、超心理学者と共同で、厳密な実験環境のもと共同実験をした結果、実験方法にも統計数学にも不備がなかったのに、統計的に有意な結果が出た場合に「下降効果」(「ヤギ・ヒツジ効果」や「乱数の偏り」)が「人間精神に由来する未知の現象を検出した」という仮説を支持しますか?
私は、支持しません。
というか支持できませんでした。
なぜ「でした」なのかというと
これって、ホノートンが存命中の時期に、ハイマンが、まさにその状況に遭遇したという現実が実際に起きたからです。そして、それはガンツフェルトに限らず、起きてもおかしくないと思います。
で、その状況を真面目に想像すると、厳密な管理と統計数学の妥当性を認め「既存の懐疑的仮説」が棄却されたことを認めるべきなのです。が、同時に、それが「人間の精神に由来する未知の現象を検出した」とする仮説を支持することも、私には妥当だと思えません。
つまり、私はフェアで客観的であろうとすると、実験超心理学がこれまでに示してきた統計的に有意な偏りを示す「現象」そのものが実験の不備などによる偽陽性だとするのは無理があると判断しています。
しかし超心理現象だとも思わないので、懐疑的な仮説を含め、支持できる仮説がないというのが現状だと結論しました。この態度は『超心理学』で石川先生が批判するP85の③に重なると思いますが、私はそれに対しては私なりの反論を持っています。
ただ、そもそもSketpciwikiのレビューの問題とは関係ないのに長くなるので、この件は別の機会にしましょう。
>きちんと読んでください。
またそれか。
君は自分の書いた文章がいかに他人を不快にさせているかまった自覚がないようだね。
そういう人間と議論するのは時間の無駄だと思う。
それはSkepticなんちゃら以前の問題だよ。
>ワカシムさん
了解です。
まだ追えていない情報もあるので、また別の機会によろしくお願いします。
>ながぴいさん
生まれ変わりの件でワカシムさんが書かれているのは、セーガンの主張を誤読している、ということです。(評価が妥当かどうかではなく)
Wikiの生まれ変わりの項目で、ながぴいさんはご自身でセーガンの3つの主張を取り上げられたのですよね。セーガンはそのうちの3番の生まれ変わりについて、イアン・スティーブンソンの研究を念頭に置いて書いていると想定されます。これは、生まれ変わりの項目で参考文献に挙げられている、ポール・エドワーズの本の監修者あとがきでも触れられていることでした。
ですが、生まれ変わりの項目でスティーブンソンの研究に関係があるのは軽くミャンマーの事例だけ、となっています。それがいくらなんでもひどいのではないか、というのが一連の指摘のはずです。(さらに上述のように参考文献の件も)
3番に触れるなら、相手であるセーガンが想定しているスティーブンソンの研究についてもしっかり触れた方がいいですし、調べる価値がないと思われるなら、最初から生まれ変わりの項目を書かなくても良かったのでは、と思います。
少なくとも、私だったら最初から触れずに書かないです。興味や労力の割き方は人それぞれですが、興味が薄く、深入りするつもりがない項目については、あえて書かないというのも選択肢としてありではないでしょうか。
あーなるほど。
生まれ変わりの件についてはある程度理解しました。
しかし、今ここで議題になっているのは石川氏の書評です。
たいして関係のないそんなことにこだわり続けているのなら、私は単なる論点ずらしだと解釈しますね。
ワカシム氏は私に向かって「もう一度熟読しろ」と言っていますが、これはまったく論理的な反証になっていません。
何度読もうが書いてあることは同じなんだから、私の結論がそんなに大きく変わるはずもありません。
なぜ私の気がわかると思っているのでしょう?
そういう発想自体が傲慢です。
さらに彼は
『だから、少なくともSkepticを冠するなら、もう少し勉強するか、あまり興味がないなら触れるべきではないと思います。(この界隈は相当な暇と根気が必要だからです)』
とも言っていますね。
この人は、いつから「誰がSkepticで、誰がそうでないか」決定する裁定者になったのですか?
私はワカシム氏のこうした態度は傲慢で無礼なものだと解釈します。
彼がこうした態度を改め、私に謝罪しない限り、彼とかかわることは今後一切お断りします。
「生まれ変わり」の項目なんて、作ったことも忘れてましたわ。
たいして重要だとも思わないので、削除してmenuからも外しました。
ながぴいさんへ
>ワカシム氏は私に向かって「もう一度熟読しろ」と言っていますが、これはまったく論理的な反証になっていません。
ですので、SkepticWIKIの当該ページはDLし問題点は独立してHTMLで発表すると最初から書いています。
合意事項に関する質問はお答えいただけないということでしょうか?
一部訂正
>SkepticWIKIの当該ページはDLし~最初から書いています。
×最初から→○2013年03月31日のコメントで
ついでにこのログを読んでいる方への補足
※以下は第三者向けです。
なぜ、超心理現象の実在を支持していないワカシムとながぴい氏が、同じ結論なのに揉めているのかというと、懐疑論者と否定派についての類似と違いに関する私の考え(2008年最終更新版)
http://www.skept.org/faq/faq.html#Q.2
の記述内容が直撃しています。
なお、SkepticWIKIの『超心理学』のレビューに対しては、日を改めて、私なりに中立の立場から問題点について整理し発表します。(少なくとも石川先生や超心理学会が、ながぴい氏が主張する「超心理学の論理体系は、カルト団体の信念体系と類似している」といった部分など看過できませんので)
なお、ここでは一例だけ、私が数年前にもながぴい氏に指摘し、一向に理解が得られない問題を紹介しておきます。
この話は、氏のみならず、私を含め多くの懐疑派が、長いことやらかしていた黒歴史でもあり、ざっとhtmlにしておきました。(そのうち清書します)
「J・B・ラインの評価に対する私の反省と誤った否定論の一例」ASIOSブログコメント欄用の資料
http://www.skept.org/sorry_rainsan.html
ということで、ひとまず本件に関する「ここでの」やりとりは終了します。
この放送で主も指摘してるけど
100年やってんのに何も証明出来てない
実験もただの確率論
パチンコだって機械が壊れて偏る
超能力者も詐欺師しかいない
超心理学なんて胡散臭くてインチキだよw
http://live.nicovideo.jp/watch/lv146312357
おやおや、
私はエセ懐疑論者で黒歴史ですか。
真の懐疑論者であるワカシム様がそうおっしゃるのだから、
間違いないでしょう。
だったら、
こんなにダメな私を客員メンバーにしているASIOSもエセ懐疑団体ですね。
私はそれでいっこうにかまいませんが?
>ながぴいさん
とりあえずラインについて指摘されている点はご理解いただけたでしょうか。
そもそもラディンは、ラインの研究に批判が存在することを承知しています。その上で再反論するような形を取ることがあります。ですからそれに対する批判をするなら、その再反論を踏まえた上で、より具体的な再々反論でなければ意味がありません。
ですがwikiのラディンの項目での批判はそうなっていません。もともとの反論と同じような逸話で批判しています。これではだめですよね。
批判するには相応のバージョンアップが欠かせません。ですが懐疑論者の多くはそのバージョンアップを怠り、いつまでも初期の批判で通用すると思っていました。(この点については以前のワカシムさんもそうだったと書いています。私も同じです)
ですから、もうそういった古い批判はブーメランになるからやめて、知識をバージョンアップしていこう、というのがそもそものワカシムさんの指摘のはずです。
ちなみに「知識をバーションアップする=超心理学を認める」ということではないですよ。誤った批判は減らしていこう、ということです。言い換えればシンプルに自浄作用の話です。
何度も言わせてもらうけど、
今更ラインの本を読もうとは思いません。
超心理学に関する最新の本を2冊も読んだんだから、今更同じような内容の本を読んでも時間の無駄です。
それなのに今更ラインの話を持ち出すのは卑怯者のやることです。
それでもあなたがたは懐疑論者なんですか?
ラディンはトンデモさんですよ。
ラディンを擁護する石川先生も同類。
ラディンを擁護したり、実験者効果を擁護したりする人物が複数いる団体は会議団体じゃないですね。
ただの怪奇現象好きのサークル。
同じような議論を延々と続けて、どこにも行き着いていないのが、超心理学ですね。
そういうのを「知識をバーションアップする」とは言いません。
時間の無駄です。
とりあえず私はASIOSの元副会長にエセ懐疑論者呼ばわりされた上に黒歴史とまで言われた。
そんな私をなぜ客員メンバーのままにしているんですか?
私を強制退会させたほうがいいんじゃないの?
そんなに私の肩書きを権威付けに利用したいんですか?
ということで、
ASIOSを脱会させていただきました。
今までお世話になった皆さま、
ありがとうございました。
ながぴいさん、落ち着いてください。
被害妄想に近づいています。
ワカシムさんの口調が攻撃的だというのは事実だと思います。改善してもらわないとそもそも議論が壊れることになる機会も多いと思いますので、損失です。(ながぴいさんに対してだけではなく、一般論として)
ですが、ながぴいさんは言われていない事を言われたと主張してますよ。
この件については以前から議論があったわけで、今更出てきてそういうことを言っても遅いです。
ラディンの受け売りばかりしているような大学教授を、私は「超心理学の第一人者」だとは思わないし、
「実験者効果」を肯定するような人物が複数在籍する団体を懐疑団体だとは思わないというだけのことです。
馴れ合うつもりはありません。
蒲田さん質問です
>ワカシムさんの口調が攻撃的だというのは事実だと思います。
とありますが、私が長澤さんにつけたレス
Posted by ワカシム at 2012年11月14日 20:4
Posted by ワカシム at 2013年03月31日 13:06
Posted by ワカシム at 2013年03月31日 13:2
Posted by ワカシム at 2013年04月11日 11:0
Posted by ワカシム at 2013年04月13日 00:52
などがありますが、それに対する長澤さんのレスは凄いですが、私の側は丁重な対応によって合意を形成するよう努力してきたつもりですが「口調が攻撃的」というのは実際のところどれを指すのでしょうか。
一応、確認しておきます。
蒲田さん
要するに、ほぼ長澤さんの一人相撲だということをご理解ならば当方は構いません。
以下、読者のみなさんへ
長澤さんの名誉と私のために補足しておきますが、2013年04月13日 21:37の投稿にて、
http://www.skept.org/sorry_rainsan.html
この記事を例示した際に、長澤さんは自分が侮辱されたと受け、さらに激昂されていましたが、本文に書いたように、長澤さんの記事に価値があることや、能力面で優れているということについては、現在でも書いたとおりに考えています。
しかしながら、当該記事で扱った話題に限らず、超心理学の話になると、感情が先走り過ぎてしまい、高い能力を発揮できなくなるというのも事実だと思います。
本題となる「辛口批判」として発表された書評(議論当時)も然りで、書籍『超心理学』と読み比べますと、賛同できる個所もありますが、元の文意を大きく無視した個所が散見され「きちんと読んでいない」という批判は避けられないものです。
たとえば『超心理学』の第五章に「能力者と称する人々」という章があります。
ここでは、これまで世に登場した超能力者とされる人々が、どのような扱いを受けたかを振り返り、最後の段落では「仮にホンモノの超能力者が存在するとしても」から始まり、さらに、超心理学者の見立てでも、能力者というのはせいぜいこんなもんだという内容で結んでいます。
これが問題の「書評」では「仮にホンモノの超能力者が存在するとしても~」という冒頭から数行を削った上で引用し、
「スプーン曲げを科学的検証条件下で実行できた超能力者はいない。御船千鶴子は明治時代の人物なので、今更検証しようがない。こういう話をいくら持ち出したところでなんの証明にもならない」
という具合に、当該個所では示唆すらしていないことを非難しているわけです。
しかも、これは一例にすぎません。
もし、これが意図的ならば卑劣ですが、私は流し読みと偏見が原因だと、今も信じています。
このような点について対話が可能であれば良かったのですが、対話の前提となる合意の形成を提案している途中で、対話を拒絶されてしまったことは残念に思います。
なお、読者の方で、超心理学という分野に関して、私などが、どのように考えているか興味を持つ方がおられましたら、長澤さんに合意の形成を提案した「2013年03月31日 13:06」の投稿にある「合意事項①~③」を参考にご判断ください。
その内容を妥当だと思うか否かは、各位にて結論されるものと存じます。
そして、そのようなときに、自分の予期や先入観を自覚しながら、当該領域に関する自分の知識の量を踏まえ、クリティカルシンキングと科学的健全性についての認識を、自分の思考に適用する努力を(徹底は困難でも)継続することが、健全な懐疑論者のあり方だと、私は思います。
その上であれば、結論が異なっていることなど、あまり重要ではないと考える次第です。
最後に、私は「元」副会長であり、現在は客員ですので、私の発言はASIOSを代表するものではないということをお断りの上、意見を表明します。
今回の一連の書き込みを読む限り、長澤さんの問題はドライ・ウェットの問題を逸脱していると思いますし、建設的な関係を継続するのは難しそうだと思います。そのため、本城会長が慰留しなかった判断は常識的に妥当なものだと思います。
http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%C4%B6%BF%B4%CD%FD%B3%D8%BD%AA%CE%BB%A4%CE%A4%AA%C3%CE%A4%E9%A4%BB
超心理学終了のお知らせ
・超心理学研究の最終結論
・p値の誤用(p値だけで判断してはいけない)
・再現性の危機