心霊写真―メディアとスピリチュアル―
今回からASIOSブログの執筆者として、暫定的に仲間入りさせていただくことになりました秋月です。そもそも懐疑主義常々というより、超常現象やオカルト、特にUFOにまつわる話が好きで、またその限りでなく様々な事柄を無節操に咀嚼する人間なので、他の執筆者の方々とは多少毛色が違う内容になるやもしれませんが、それはひとつ皆様の大きな心で受け止めていただければと。
さてこの初回。何を書こうか迷ったのですが「心霊写真」にすることにしました。私、前々から不思議に思っていたことがあるのです。それは、「なぜ古い海外の心霊写真は、あんなに心霊がハッキリ写っているのか?」ということです。
日本で心霊写真というと、大半はギュッと目を凝らしてみれば…、ハハン♪なんとなく顔かな――程度のものが多いような気がするのですが。それに対して古い海外の心霊写真は、もうバッチシ、それも複数の顔が真正面から写っているなんてのものもザラにあって、幼少の頃から多大な格差と羨望の感を抱いていました。やはり欧米は違うなと。
そんな疑問を抱えたまま既に大きな子供となっている私は、先日、その理由を教えてくれる一冊の本に出会いました。それはジョン・ハーヴェイという人が書いた『心霊写真―メディアとスピリチュアル―』(松田和也(訳)/青土社)です。
さて、心霊写真とは何か?という問いに対して、我々が抱きうる解釈は今のところ二つだけでしょう。それはまず、まさに死者の霊が焼き付けられた写真だという解釈。そして、もうひとつは単なる思い込みや錯覚、またはイカサマの類だとする解釈です。
しかし本書は、そこにもうひとつの奥行きを与えることを目的としています。それは、すなわち我々の文化としての側面、美術や宗教や科学技術の発展との接点です。著者のジョン・ハーヴェイはイギリスの美術史家・芸術理論家であり、つまり本書は心霊写真の美術的側面という誰も手を付けなかった領域をカバーする、真っ正面から心霊写美術論の本なのです。
この本は宗教/科学/芸術の三章構成で、主にヨーロッパを中心とした、それらとの心霊写真の関わり、そして歴史、社会への影響、心霊写真創作技術まで広範囲に考察がなされています。実際、この本はかなりアカデミックな内容で、十九世紀前後のヨーロッパの文化や、宗教絵画などについてそれほど詳しくない私には、多少手に余まる本でしたが、それでもこれまで抱いてきた疑問に、大きな光を与えてくれました。
まず、この頃の心霊写真が、写真技術の発展と歩調を合わせた、アマチュア写真家の「特撮技術実験」の積み重ねの歴史であるという認識を得ることができます。心霊写真家たちは実験を繰り返し、その技術を持ち寄り、様々な技法を生み出していきました。つまり現代的な「写っちゃった」心霊写真ではなく、写真師によってスタジオで「写された(作られた)」心霊写真、つまり作品なのです。もう質的に違うんですよね。
なかでも興味深かったのは、一九世紀に「職業的心霊写真家」とも呼べる人達が大勢いたという事実でしょう。既存宗教が死者を悲しむ気持ちを埋めることができないことに対して、職業的心霊写真家は、その穴埋め的な役目を果たしたというのです。つまり、心霊写真はまさに「死者との家族写真撮影」だったわけです。ハーヴェイはこう書いています。
「心霊写真は死別を儀式化し、商業化した。嘆き悲しむ親族や友人達にとって、心霊写真師の前でポーズを取ることは、故人の生前に「普通の」写真師の許を訪れたのと同様に、そして故人の死後に葬儀屋に予約を入れるのと同様に、慣習的な行事となった。(中略)心霊写真は主として、その姿を偲ぶ縁として、故人の親しい者の消費のために購入され、知人や親族の間で回覧される」
このように、心霊写真というけったいな代物が、もうなんだか大衆の生活に組み入れられていたということは、とても興味深い事実です。この頃の心霊写真が、やけに堂々と写っているのは、つまりこのような、ある種の(ビジネスとしての)宗教的サービスとしての側面、大儀があったからだと捉えることができるでしょう。
また読んでいて、このような当時の心霊写真や心霊主義を取り巻く状況は、現代の我々の状況と似たところがあると何度も頭をかすめました。現代を知る意味でもこの書は深い洞察を与えてくれることでしょう。
【参考】A GHOSTLY GALLERY
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現代の告別式の時に、祭壇の前で親族一同の写真を撮るのと同じようなものでしょうか?
心霊写真にこんなに面白い歴史があったなんて、まったく知りませんでした。
勉強になりました。ありがとうございます。
秋月さん、タノQと申します、よろしく願います。
写っちゃった、ではなく写して差し上げちゃった、なんですね。そんな文化的背景が、あったとは。
…また、よみたい本が、ふえてしまったです。
Y・Yさま、タノQさま、コメントありがとうございます。
実際、この頃心霊主義にハマって降霊会とかいっちゃう人達って経済的に余裕のある上流階級とかインテリの人達だったと思うので、心霊写真師に撮影してもらう人も、たぶんそういう人達だったんじゃないかと思います。
なんにせよ十九世紀末から二十世紀初頭というのは、現代と重ね合わせられる部分が多々あって面白いですよね。オカルトじゃないですが食品偽装問題なんかも、この頃に一度流行ってたりしますし。
この本、他にも例えば「じゃあ何でこんなあからさまに演出めいた心霊写真がまかり通っていたのか?」ということに対しても、「なるほど」という答えが用意されてあったりして、いくつもの新たな見地を見つけることができます。
ただ、ちょっとアカデミックすぎて、読んでかみ砕くのが大変でした。
何度も申し訳ありません。
「アカデミックすぎて、読んでかみ砕くのが大変」とのことですが、中学生程度の読解力では無理があるでしょうか?
購入しようかどうか迷っています。
Y・Yさま
んー、どうだろう。中学生程度の読解力の私で、それなりに楽しめたので、大丈夫と言えば大丈夫だとも言えるのですが。やっぱり今風の書籍のように寝転んでいても読めちゃう感じではなかったです。やはり言い回しが美術論なので、読みなれていない分、読むのにそれなりの時間はかかりました。
事前に本屋でめくってみるか(なかなか置いて無さそうな気もしますが…)、図書館で借りてみるのもいいかと思います。