『郷土史と近代日本』が刊行されました。
藤野です。
ブログ第2弾は新刊紹介です。由谷裕哉・時枝務編著『郷土史と近代日本』(角川学芸出版、3月31日初版発行)が最近発売されました。アカデミック・ライブラリーというシリーズの1冊で、発売は角川グループパブリッシングです。
「『歴史』とされた出来事は、どのように郷土の意識形成に関わったのか。『守られるべき伝統』を発見した郷土史家たちが、記念・顕彰行為に積極的に関わってきた歴史を中心に、具体的な事例をあげて分かりやすく解説」する書籍。
早くいえば「広義の郷土史記述を、近代日本のなかでさまざまな観点から捉え直そうとする論文」集です。14人の執筆者が個別論文を寄稿し、それを3部に分類収録しています。
その第3部・第13章として収録されているのが、 藤原明「近代の偽書『東日流外三郡誌』の生成と郷土史家」 という論文です。『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)をご存知ない方のために解説しておきますと、青森県五所川原市の和田喜八郎家に伝来したとされる安倍姓安藤(東)氏の故事来歴を中心として、古代から中・近世までの伝承を記録した雑記録とされています。
そこには津軽の太古にアソベ族が存在し、ツボケ族が渡ってきて抗争していた、大和三輪山にあった耶馬台国が神武天皇に率いられた日向族の侵攻で滅び、そこから安日彦・長髄彦兄弟が津軽に亡命し、先住のアソベ・ツボケ族と混血しアラハバキ王国が成立した、後年にはアラハバキ王国が大和に侵攻して大和を奪回したことがある、アラハバキ族の末裔である安東氏は海に活路を見出し元寇などで安東水軍として活躍したが、興国年間の大津波で拠点の十三湊(現在の十三湖)が滅び衰退した、などなどが記されていました。
1975年に市浦村(平成の大合併により現在は五所川原市内)から村史資料編として刊行されるや、村史資料編としては異例の反響を呼び(なんと増刷されている)、郷土史家や歴史作家・オカルト研究家などに注目されただけでなく、歴史学者が論文を書き、テレビ番組にまで採り上げられたのです。
和田家からは『東日流外三郡誌』だけではなく、『東日流内三郡誌』『東日流六郡誌大要』『石塔山荒覇吐神社秘伝』『日之本大要史』『陸奥史風土記』『北斗抄』などが続々出現したため、『和田家文書』『和田家資料』『和田文献』などと総称されています。
その後、激しい真偽論争が巻き起こり(テレビでも真贋論争が行われました)、現在では『和田文献』は「偽書」と見るのが定説化していると思われます(現在でも、異論が一部にはありますが)。
すでに決着したかにみえる問題に藤原氏は、「『外三郡誌』を生成させた力の源泉」へアプローチすることで、『東日流外三郡誌』問題についての新しい研究の方向を示しています。従来は「真偽」論に終始し、偽作者を特定することに注力するあまり、結果として『東日流外三郡誌』などを「偽書」として排除して終わりとなるケースが多かったからです。
藤原氏は、「通説の説明では、『外三郡誌』は、記紀をはじめ『津軽一統志』のような普遍的な古典を別とすれば、典拠に古い史料が存在した可能性は低く、現代人の書いた歴史に関する著述・論文・新聞記事といったものを用いて所蔵者がすべて創作したと位置づけている。しかし、そのような底の割れた偽書に、学術の世界で言及せざるをえない何かを感じさせるような事態を招来するだけの力があったろうか。疑問である。」とします(わたしも以前、偽作者が秋田家所蔵の『秋田家系図』を見ていた可能性を指摘し、異論を出したこともあります。まったく一顧だにされませんでしたが)。
そして、郷土史家などの著作・論文の記述や『東日流外三郡誌』に先行する所蔵者(和田氏)関与の偽書の分析を通して、『東日流外三郡誌』がどのように生成していったかを浮き彫りにしていきます。このあたりは『日本の偽書』(文春新書、2004年)での持論の延長、詳論といっていいかもしれません。
その当否は読者の判断におまかせいたしますが、一読の価値ありの論文であると思います。同著者の「偽書と考古学を結ぶもの─物語性豊かな歴史への渇望を満たすもの」(『異貌』24号、2006年)や遠藤聡明「金光上人事蹟資料整理報告─和田文書の検討」(『仏教論叢』35号、1991年)あたりも併せ見たいところです。
本書は広範には流通しない学術書のようです。検索しても内容まではよくわからないので、以下目次を掲げておきます(学術書なので、タイトルだけでは抽象的でよくわからないので、サブタイトルがあるものはこれも併記しておきます)。御興味をお持ちの方は是非一読を。
序章 草莽の学の再構築に向けて 由谷裕哉
第1部 近世・近代の連続と断絶
第1章 地域を知ることとその時代性─郷土史の目的と担い手に
関するスケッチ澤博勝
第2章 富士信仰の外聞─近世・近代における評価 大谷正幸
第3章 阿蘇という時空間の設定─神話から郷土誌へ 柏木亨介
第4章 神話から民俗へ─南加賀の一祭祀の中世・近世・近代
向井英明
第2部 伝統および郷土の発見
第5章 近代国学と郷土史 藤田大誠
第6章 神・天皇・地域─阿波忌部をめぐる歴史認識の展開
長谷川賢二
第7章 「名前」の争いの近代─武蔵国式内社における郷土史叙述の
特質 渡部圭一
第8章 顕彰される仏法興隆の聖地─館残翁の加賀大乗寺史研究に
ついて 由谷裕哉
第9章 「郷土」へのまなざしの生成 山口正博
第10章 郷土地理研究と農村社会学─鈴木理論の形成過程における
パトリック・ゲデス 石井清輝
第3部 近代日本と郷土史家
第11章 実学としての郷土史─今井善一郎の郷土史構想 時枝務
第12章 郷土の偉人像の構築と郷土史─峨山韻碩と峨山道を
事例として 市田雅崇
第13章 近代の偽書『東日流外三郡誌』の生成と郷土史家 藤原明
第14章 郷土史家の声、民俗学者の耳─「不適格な話者」としての
郷土史家 飯倉義之
あとがき